音楽

ヨルシカ「火星人」歌詞の意味を考察!TVアニメ『小市民シリーズ』第2期OP主題歌

ヨルシカの「火星人」(英題:Martian)はTVアニメ『小市民シリーズ』第2期の主題歌(オープニングテーマ)として書き下ろされました。suis(スイ)さんがボーカルを務め、n-buna(ナブナ)さんが作詞・作曲・編曲・ギター・コーラスのほか、MVの企画・原案・監督・作画(アニメーター)、配信ジャケットのビジュアルも手がけた「火星人」の歌詞の意味を考察、解説します。

ヨルシカ「火星人」ミュージックビデオ・Music Video・MV・PV・YouTube動画

TVアニメ『小市民シリーズ』とは

小市民シリーズ』とは、直木賞作家・米澤穂信(よねざわ ほのぶ)さんの推理小説〈小市民〉シリーズ(創元推理文庫:東京創元社)を原作としたTVアニメ。

推理小説〈小市民〉シリーズ

  • 第1弾『春期限定いちごタルト事件』2004年12月18日
  • 第2弾『夏期限定トロピカルパフェ事件』2006年 4月14日
  • 第3弾『秋期限定栗きんとん事件』上巻:2009年2月27日、下巻:2009年3月13日
  • 番外編『巴里マカロンの謎』2020年 1月31日
  • 第4弾『冬期限定ボンボンショコラ事件』2024年4月26日

TVアニメ『小市民シリーズ』

  • 第1期『春期限定いちごタルト事件』第1話:2024年7月7日~第5話:2024年8月11日
  • 第1期『夏期限定トロピカルパフェ事件』第6話:2024年8月18日~第10話:2024年9月15日
  • 第2期『秋期限定栗きんとん事件』第11話:2025年4月6日~第17話:2025年5月18日
  • 第2期『冬期限定ボンボンショコラ事件』第18話:2025年5月25日~

第2期・第1弾PV『秋期限定栗きんとん事件』


放送はテレビ朝日系列・NUMAnimation(ヌマニメーション)枠(土曜深夜25:30〜26:00=日曜1:30〜2:00)など。ヨルシカの「火星人」は第2期『秋期限定栗きんとん事件』第11話(2025年4月5日土曜深夜=4月6日・日曜)からのオープニング主題歌です。

  • 第1期OP:Eve(イブ)「スイートメモリー」
  • 第1期ED:ammo(アモ)「意解けない」
  • 第2期OP:ヨルシカ「火星人」
  • 第2期ED:やなぎなぎ「SugaRiddle」

第2期・第2弾PV『冬期限定ボンボンショコラ事件』


主人公は得意な謎解き・推理で反感を買った経験がトラウマになった男子高校生・小鳩常悟朗(こばと じょうごろう、CV:梅田修一朗さん)、甘いもの・スイーツと復讐を愛する女子高生・小佐内ゆき(おさない ゆき、CV:羊宮妃那さん)。

小鳩くんは謎解き、小佐内さんは復讐を好む本性を隠すため互恵関係(読み方:ごけいかんけい、意味:助け合う関係、戦略的パートナーシップ)を結び、小市民を目指します。

ところが高校1年春の『春期限定いちごタルト事件』、高校2年夏の『夏期限定トロピカルパフェ事件』を経て、2人は互恵関係を解消しました。小鳩くんはクラスメイトの仲丸十希子(なかまる ときこ、CV:宮本侑芽さん)、小佐内さんは1学年下の新聞部所属・瓜野高彦(うりの たかひこ、CV:上西哲平さん)と交際します。

『秋期限定栗きんとん事件』で描かれるのは小鳩くん&小佐内さんの高校2年秋から高校3年秋まで。2人の高校3年冬の出来事と中学3年の回想による『冬期限定ボンボンショコラ事件』でTVアニメ『小市民シリーズ』は完結します。

ヨルシカ「火星人」歌詞の意味を考察

曲の構成

  • 1番:Aメロ~Bメロ~サビ(Cメロ)
  • 2番:Aメロ~Bメロ~サビ(Cメロ)
  • 3番:Aメロ~Bメロ~サビ(Cメロ)

1番Aメロ:火星は憧れや理想の象徴

ぴんと立てた指の先から
爛と光って見える
ぱんと開けた口の奥から
今日も火星が見える

火星人/作詞:n-buna 作曲:n-buna

『小市民シリーズ』の舞台となる木良市(きらし)のモデルは岐阜県岐阜市、小鳩くんや小佐内さんが通う船戸高校(ふなどこうこう)のモデルは岐阜県立岐阜北高等学校。ほのぼのとした日常生活にミステリーの要素が紛れ込む青春学園ものです。地球外の宇宙が舞台のSF作品ではありません。

では「指の先や口の奥から見える火星」は何を表しているのかというと、n-bunaさんによると「憧れや理想」だそうです。n-bunaさんはその昔、自分のことを火星(特別な場所)にいる火星人(特別な何かを持っている存在)だと思っていたとのこと。今の考えは「火星にいたのは他人の方で、自分だけが地球にいる」とMVの概要欄に記しています。

小鳩くんは謎解き、小佐内さんは復讐という本性により、自分を特別な人間だと感じていたと思われますが、その本性のせいで痛い目を見た経験があるため、本性を隠して小市民を目指す『小市民シリーズ』。

こうした「自意識の高さ」が小説やアニメの魅力かつ引力になっているとn-bunaさんは考え、楽曲では「火星」や「火星人」をモチーフにしたと解釈できます。

1番Bメロ:わざわざ休符と言う意味

穏やかに生きていたい
休符。
あぁ、わかってください

火星人/作詞:n-buna 作曲:n-buna

ヨルシカはボカロP出身の作編曲家&ギタリストn-bunaさんと歌手suisさんによる2人組ロックバンド。2人とも顔出しはしていません。

「火星人」にはサポートメンバーとして下鶴光康(しもづる みつやす)さんがギター、キタニタツヤさんがベース、Masack(マサック)さんがドラム、平畑徹也(ひらはた てつや)さんがピアノで参加。6人編成のバンドサウンドですが音数は少なく、スウィング(シャッフル)の跳ねるリズムが心地いいジャズになっています。

アクセント(強弱)をずらすシンコペーションや、「休符」(きゅうふ)を挟むことによって生まれるグルーヴ(ノリ)。「穏やかで小市民的な暮らし=休符」と解釈することもできますが、わざわざ「休符」と言う(歌う)ところは実際の休符になっておらず、句点の「。」や「休符」の直前が休符になっているという特別感も自意識の現れのようです。

もちろん「・ぴん・と・立てた・指の先から」の「・」の部分など、休符だらけでリズムがグルーヴしまくりの「1番Aメロ」を「わかってください=気づいてください」という意味も込められているでしょう。

1番サビ:火星への逃避行には道具は不要

火星へランデヴー
普通の日々 普通のシンパシー
僕が見たいのはふざけた嵐だけ
火星へランデヴー
それにランタンも鏡もいらない
僕の苦しさが月の反射だったらいいのに

火星人/作詞:n-buna 作曲:n-buna

「ランデヴー」は「会う約束、待ち合わせ、デート」という意味のフランス語。宇宙船同士や宇宙ステーション、宇宙探査機と小惑星などが同一の軌道を飛行することを表す宇宙用語でもあります。

「1番サビ」では「火星へ逃避行」するようなイメージでしょう。ただし「火星=特別な場所、憧れ、理想」なので、「地球らしい普通」ではなく「火星のような特別=ふざけた嵐」を見たいと願っているようです。

「ランタンと鏡」は18世紀前半、ドイツの数学者・天文学者・物理学者カール・フリードリヒ・ガウスが火星人を探求するために光学的な信号を送ることを構想した際の道具。つまり「火星への逃避行には、物理的な道具は必要ない」と考えられます。なぜなら憧れや理想には想像でたどり着けるからです。

「月の反射」は「自ら光るのではなく、太陽の光を反射して光る月」を表しているのでしょう。「僕の苦しさが、僕自身の苦しさではなく、誰かの苦しさを反射したものだったらいいのに(実際は反射ではなく、僕自身の苦しさである)」といったところでしょうか。

「休符」を多用したリズムおばけ(ふざけた嵐)の「1番Aメロ」、実際に「休符」と言ってしまうトリッキーな「1番Bメロ」は火星や月のような特別感満載でしたが、「普通のリズム、普通のメロディー」の「1番サビ」は地球の小市民のようです。

ただし「ランデヴー→シンパシー、普通→ふざけた、ランデヴー→ランタン、嵐→鏡、苦しさ→反射」という「苦し紛れの韻踏み(ライム)=ふざけた言葉遊び」も堪能できます。また「火星へランデヴーするのは月の反射を引き出すため?」については後ほど考察しましょう。

2番Aメロ:夜に映える蘭は月に吠える誰か

ぴんと立てたペンの先から
芯のない自分が見える
しんと静かな夜にさえ
蘭の花弁が映える

火星人/作詞:n-buna 作曲:n-buna

「ぴんと立てた〜の先から」というほぼ同じ始まり方ですが、「1番Aメロ」の「指」が「2番Aメロ」では「ペン」に変わりました。

「ぴん→ペン」や「芯のない自分→しんと静かな夜」、「1番Aメロ」の「爛(らん)と光って見える」から「2番Aメロ」の「蘭(らん)の花弁が映える」といった「苦し紛れの韻踏み=ふざけた言葉遊び」が重なります。

ヨルシカ「月に吠える」


「夜に映える蘭の花弁」から「月に吠える誰か」を連想できるかもしれません。「芯のない自分」が火星人のように憧れる人のようです。

2番Bメロ:TVアニメ『チ。』との関連を深読み

深く眠らせて
休符。
優しく撫でて

火星人/作詞:n-buna 作曲:n-buna

深読みする(深く眠る)と、「休符。」の句点「。」から「アポリア」と「へび」のエンディングテーマ2曲を担当したTVアニメ『チ。 ―地球の運動について―』も連想できそうです。

ヨルシカ「アポリア」


天動説が主流だった時代に地動説を唱えた異端者は、火星人のような特別な存在だったのでしょうか。

ヨルシカ「へび」


それとも地球の小市民だったのでしょうか。

2番サビ:自分と書いてお前と読む価値観の共有

火星でランデヴー
惰性の日々 理想は引力
僕が見たいのは自分の中身だけ
自分へランデヴー
それに音楽も薬もいらない
僕の価値観が脳の反射だったらいいのに

火星人/作詞:n-buna 作曲:n-buna

「1番サビ」は「地球人の僕=小市民」が火星へ出かけて行って「憧れの火星人=特別な人」と会うイメージでした。「2番サビ」では「火星人の僕=特別な人」が「自分=お前」と対峙する感じです。

「自分の中身だけ」の「自分」は「お前」と読みますが、「自分へランデヴー」の「自分」は「じぶん」のまま。僕は音楽や薬ではなく、脳の反射によって憧れの特別な人になる・なりたい(同じ価値観を共有する・したい)という話のようです。

3番Aメロ:萩原朔太郎「猫」の本歌取り

ぴんと立てたしっぽの先から、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる

火星人/作詞:n-buna 作曲:n-buna

ようやく萩原朔太郎さんの詩集『月に吠える』(感情詩社・白日社、1917年2月15日)収録の詩「猫」の一節にたどり着きました。「猫」の全文はこちらです。

まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です』

萩原朔太郎「猫」(詩集『月に吠える』収録)

suisさんの歌声によって反射されているn-bunaさんの価値観によると、僕の憧れや理想を象徴する「火星」は萩原朔太郎さんの「猫」という詩であり、そこへ向けた「ランデヴー=本歌取りの引用」が少しずつ形を変えながら繰り返されていました。どうやら「火星へのランデヴー」は「月の反射=月に吠える萩原朔太郎さん」を引き出すためだったようです。

3番Bメロ:いらいらする理由はリズムの乱れ

休符。
あぁ、いらいらするね

火星人/作詞:n-buna 作曲:n-buna

「1番Bメロ」や「2番Bメロ」は「休符。」の前後に言葉がありましたが、「3番Bメロ」は「休符。」後に「あぁ、いらいらするね」があるだけ。

しかも、ようやく憧れや理想の象徴「火星」である萩原朔太郎さんの詩「猫」にたどり着いた「3番Aメロ」では、文末以外「ぴん・と」「糸(い・と)」の「・」の部分2か所にしか実際の「休符」はありませんでした。

これまで1番と2番、2回のAメロにより、「休符」だらけで跳ねまくりのリズムにやっと慣れたところだったので、「3番Aメロ」のようにベタッとした跳ねないリズムでスカされるとかえってリズムが乱れるという「いらいら」が発生します。

あるいは地味なのに変、自分は特別という高い自意識の裏返し(反射)によって小市民(普通)を目指すという『小市民シリーズ』の「ほのぼのとしたいらいら感」は、「火星人」という楽曲の歌詞やサウンド、MV、萩原朔太郎さんの詩にも通じるところがあるようです。

3番サビ:君に足りない時間と余裕とは

火星へランデヴー
惰性の日々 理性の毎日
君に足りないのは時間と余裕だけ
火星へランデヴー
そこに銃弾も花火もいらない
火星の大地がチョコと同じだったらなぁ

火星へランデヴー
さよならあの地球の引力
僕が見てるのは言葉の光だけ
火星へランデヴー
それにランタンも鏡もいらない
僕の苦しさが月の反射だったらいい
のに

火星人/作詞:n-buna 作曲:n-buna

休符まみれ、跳ねるリズムだらけ、あるいは休符と言葉にする奇策を講じた特別なAメロ・Bメロを展開(火星へランデヴー)しつつ、その惰性で続くサビは理性的で小市民的、普通のリズムでキャッチ―です。

かと思いきや、突然「君に足りないのは」とリスナーに語りかけ、休符そのものを意味する「時間と余裕だけ(は~い)」のコール&レスポンスを繰り広げたり、ラストの「反射だったらいい・のに」の「・」の部分で最長の休符遊びを続けたり、「ふざけた嵐=エンタメ界のアート」が静かに吹き荒れました。

どうやら「サビでリスナーに足りないのは休符だけだったので、最後に思いっきり休符を活用した」というオチだったようです。

自己肯定感が高すぎる(自分を特別視する)のも、逆に低すぎる(劣等感を抱きやすい)のも自意識の問題(僕の苦しさ)でしょう。自意識をこじらせていると思われる小鳩くん&小佐内さんのほか、n-bunaさん&suisさん、萩原朔太郎さんやリスナーのうち、いったい誰が火星人だったのか、火星人のふりをした地球人、小市民だったのか、謎は尽きません。

おわりに

結局「僕が見てるのは言葉の光だけ」ということで「n-bunaさんは火星のように特別な萩原朔太郎さんの詩の輝きだけを見ていた」のでしょう。

「僕の苦しさ(=1番Aメロ・2番Aメロ、n-bunaさんによる変化形、もがき)が月の反射(=3番Aメロ、萩原朔太郎さんの詩集『月に吠える』収録の詩「猫」の一節)だったらいいのに」という「火星へ・でランデヴー」(=憧れ・理想への接近・での邂逅)でした。

ヨルシカ「左右盲」


ただ「火星人」のMVやジャケットにはタコっぽい火星人のような存在が登場します。とくにMVではさまざまな言語で「火星人」の表記があり、「3番サビ」の「そこに銃弾も花火もいらない」のところではロシア語、ウクライナ語、ヘブライ語、アラビア語から戦争・紛争の地を連想できます。

ヨルシカ「老人と海」


さらに、ヨルシカ「左右盲」(2022年7月25日、2:06)、「老人と海」(2021年8月18日、2:13)、「春泥棒」(2021年1月9日、3:14)などのMV、ルイーズ・ブルジョワの蜘蛛をかたどったインスタレーション彫刻作品「ママン」(Maman、1999年、1:10)へのオマージュなど、アートな仕掛けが盛りだくさん。

ヨルシカ「春泥棒」


文学の要素を取り入れた音楽を作るヨルシカらしさが存分に発揮されつつ、『小市民シリーズ』の地味にミステリアスなほのぼの感ともマッチした「火星人」。異常な現実をそこはかとなく反映しつつ、それでもほのぼの生き抜くポップさを提示したヨルシカの新境地といえるかもしれません。

「言葉の光」だけを見つめた果てに、ミニマルなギターリフとボーカルのリズムなどがおもしろい音楽にたどり着いたようです。

映画『この夏の星を見る』予告編


桜田ひよりさん主演、直木賞作家・辻村深月(つじむら みづき)さんの青春小説を原作とした、山元環さん長編商業作初監督による映画『この夏の星を見る』は2025年7月4日公開。

この主題歌は、Nujabes(ヌジャベス)さんとのコラボでも知られる青森出身の音楽家haruka nakamura(ハルカ ナカムラ)さんとsuisさんのコラボ曲、haruka nakamura + suis from ヨルシカ「灯星」(読み方:ともしぼし)とのこと。こちらも楽しみです。

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渡辺和歌
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