音楽

ドレイク『Honestly, Nevermind』ラッパーがダンスミュージックで歌う理由を紐解く!

「ラッパーのドレイク(Drake)がダンスミュージックで歌っている?」と世界がどよめいたアルバム『Honestly, Nevermind』の真意に迫ります。

はじめに


1986年10月24日生まれ、カナダ・トロント出身のラッパー、SSW、プロデューサー、俳優、実業家のドレイク。


7thアルバム『Honestly, Nevermind』(読み:オネストリー、ネヴァーマインド、意味:正直なところ、気にしないで、2022年6月17日)はシングル3曲を含む、全14曲・約52分半。
前日に突然リリースが発表されるなど、異例ずくめの謎に挑みましょう。

【1】Intro


ドレイク作、キッド・マスターピースKid Masterpiece)プロデュースによる、30秒あまりのアンビエントなイントロで幕を開けます。

【2】Falling Back


続く第1弾シングル「Falling Back」(2022年6月17日)は、独ベルリン発ハウス&テクノレーベル、カイネムジーク<Keinemusik>の創始者でDJ&プロデューサーのアンドミー&ME)とランパRampa)がプロデュースした歌ものハウスです。

Extended Version


約4分半のアルバムカット版に対し、拡張版は約9分半。
MVではドレイクが23人の女性と結婚式を挙げる物語が描かれていて、NBAシカゴ・ブルズ所属のプロバスケットボール選手トリスタン・トンプソンTristan Thompson)が出演しています。
曲の途中(3:06~4:20)と最後(8:31~9:33)に入るバンド演奏は、ドレイク初期のシングル「Best I Ever Had」(2009年2月13日、1st EP『So Far Gone2009年9月15日→1stアルバム『Thank Me Later2010年6月15日:国内盤ボーナストラック)のカバーです。

【3】Texts Go Green


2曲目「Falling Back」で「ドレイクがハウス?ラップせず、歌っている?」と意表を突かれたまま畳みかけられる3曲目「Texts Go Green」は、今回の2大テーマの1つとも考えられるアフロハウス
ドレイク自身およびエグゼクティブ・プロデューサーやレコーディングエンジニアも務めるノエル・カダストロNoel Cadastre)と共作し、プロデュースしたのはSONAEsona Tyolo)、南アフリカのDJ&プロデューサー、ブラック・コーヒーBlack Coffee)の息子です。

【4】Currents


4曲目「Currents」は、6thアルバム『Subconsciously』(2021年2月5日)で第64回グラミー賞(2022年)の最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞を受賞したアフロハウスのブラック・コーヒー、グアテマラ系アメリカ人のDJ&プロデューサー(EDMトラップ)のカーネイジCarnage)ことゴードGordo)がプロデュース。
コンゴ出身、南アフリカを拠点に活動するアフロポップのSSWトレゾーTRESOR)がボーカルで参加しています。
さらに米アトランタ発の3人組ヒップホップ(クランク)クルー、トリルビルTrillville)のシングル「Some Cut (feat. Cutty)」(2004年12月22日、アルバム『The King Of Crunk & BME Recordings Present Lil Scrappy & Trillville2004年2月24日)、DJブラックスターDJ Blaqstarr)の「Shake It to the Ground (feat. Rye Rye)」(EP2007年12月4日)がサンプリングされています。
とくにトリルビル「Some Cut」のキコキコ音(ベッドのきしむ音)は、ブレイクビーツのサブジャンル、ジャージークラブの代表的なビート。
「アフロポップ(歌)とアフロハウス、ヒップホップ(ビート)」の融合に果敢にチャレンジしています。

【5】A Keeper


アンドミーとランパのハウスビートに、Wondra030の切ないピアノが重なる「A Keeper」。
ドレイクのボーカルにはオートチューンがかかっているでしょうか。
ミニマルな言葉の繰り返しや韻の畳みかけにラップのフロウ的なニュアンスを感じることもできますが、ヒップホップラバーにとっては「ドレイクがハウスで歌?どこがOK?」の衝撃が続いていることでしょう。

【6】Calling My Name


「Calling My Name」はEDM勢がプロデュース。
4曲目「Currents」にも携わっていたゴード、スウェーデンの3人組ハウスユニット、スウェディッシュ・ハウス・マフィアSwedish House Mafia)の「Heaven Takes You Home」(アルバム『Paradise Again2022年4月15日)にも参加したスウェーデンの新鋭プロデューサー、クラーKlahr)、ザステンカーRichard Zastenker、元LIOHN)らが名を連ね、2曲目「Falling Back」にも携わっていたベルギーのプロデューサー、アレックス・ラスティグAlex Lustig)がキーボード、Beau Noxがギターを奏でています。
使われているサンプルはガーナのラッパー、オブラフォーObrafour)の「Oye Ohene feat. Tinny」(アルバム『Nte Tee Pa』2003年)です。

【7】Sticky


8曲目「Massive」と同日リリースの第2~3弾シングル「Sticky」(2022年6月21日)は、ゴードとオーストラリア出身、米LAを拠点に活動するSSWライ・XRy X)がプロデュース。
4曲目「Currents」のようなジャージークラブっぽいビートにラップが乗ったダンスミュージックです。
実は『Honestly, Nevermind』は、ガーナ系アメリカ人のファッションデザイナー&実業家&DJ、ヴァージル・アブローVirgil Abloh)に捧げられた追悼アルバム
ラグジュアリーストリートブランド、オフホワイトOff-White)の創業者ヴァージル・アブローは、41歳の若さで2021年11月28日に癌で亡くなりました。
「Sticky」のアウトロでは、2017年2月7日にコロンビア大学建築大学院(GSAPP)で行われた、ヴァージル・アブローの講義「Everything in Quotes」(引用符のすべて)がサンプリングされています。

【8】Massive


同じく第2~3弾シングルの「Massive」は、6曲目「Calling My Name」のEDM勢ゴード、クラー、ザステンカーによるプロデュース。
さらに4曲目「Currents」でボーカルを務めたアフロポップのSSWトレゾーがソングライターとして加わっています。
そろそろ「DJ活動もしていたガーナ系アメリカ人のヴァージル・アブローを追悼するならアフロハウス」という意図が伝わってきたのではないでしょうか。

【9】Flight’s Booked


イントロを手がけたキッド・マスターピース、2曲目「Falling Back」と6曲目「Calling My Name」でもタッグを組んだアレックス・ラスティグとBeau Noxらのプロデュースによる「Flight’s Booked」。
UKロンドン発R&B女性デュオ、フロエトリーFloetry)の3rdシングル「Getting Late」(2003年、1stアルバム『Floetic2002年1月1日)のサンプルが使われ、コンゴ出身のSSWトレゾーとBeau Noxがコーラスで参加しています。
ヒップホップ、ブラックミュージックのルーツとして、R&Bのボーカル(歌)に敬意を表しているのかもしれません。

【10】Overdrive


「Overdrive」のプロデューサー陣は、エグゼクティブ・プロデューサーやミックスも務めるドレイクの盟友40ことノア・シェビブNoah Shebib)、ブラック・コーヒー、アレックス・ラスティグ、Beau Nox。
さらに40はキーボード、ブラック・コーヒーはドラム、Beau Noxはギターとコーラスも担当しています。
ハウスやダンスミュージックといっても打ち込みばかりではなく、楽器の生音も重視していることが伝わってくるのではないでしょうか。

【11】Down Hill


40がプロデュースし、トレゾーがボーカル、Beau Noxがコーラスで参加している「Down Hill」。
失恋などの恋愛について歌うのはR&Bの様式美ですが、「ラップとボーカル(歌)」や「打ち込みと生音」あるいはジャンルの細分化による「音楽の分断」について重ね合わせたり、ヴァージル・アブローへの思いを汲み取ったりすることもできそうです。

【12】Tie That Binds


「Tie That Binds」はゴードやオランダのプロデューサー&ギタリストGintonRamon Ginton)らがプロデュース。
ドレイクとトレゾーのボーカル、Gintonのギターソロが切なく響きます。

【13】Liability


NyanNyan Lieberthal)がプロデュースとキーボードとドラム、米LAを拠点に活動するプロデューサーのTim Subyがプロデュースとキーボードを担当した「Liability」。
R&Bの様式美に則って「クラブで踊るのに忙しすぎたから、全体のトーンを変える」という恋愛物語が描かれていますが、サウンド自体ダウンテンポの暗めのトーンに変わり、とうとうダンスミュージックではなくなりました。
それでもネオソウル調のボーカル(歌)は変わらず、オートチューンっぽいエフェクトがかかっている点はクラブミュージックの手法が取り入れられたままで、言葉の繰り返しはラップ調というよりミニマルなアンビエントのように響きます。

【14】Jimmy Cooks (feat. 21 Savage)


ラストを飾る「Jimmy Cooks」ではUKロンドン生まれ、米アトランタ育ちのラッパー&SSW&プロデューサー、21サヴェージをフィーチャー。
2人はこれまでに数回コラボしていて、前回のコラボはドレイクの「Knife Talk (feat. 21 Savage & Project Pat)」(6thアルバム『Certified Lover Boy2021年9月3日)でした。
プロデューサー陣は、米メンフィス出身のタイ・キースTay Keith)、米ワシントンハイツ出身のVinylz、独ジンデルフィンゲン出身の双子デュオ、キュービーツCuBeatz)といずれもヒップホップ(トラップ)系です。
米メンフィス出身のラッパーPlaya Flyの「Just Awaken Shaken」(アルバム『Just Gettin’ It On1999年4月1日)、米R&BのSSWブルック・ベントンBrook Benton)の「You Were Gone」(アルバム『This is Brook Benton1976年)がサンプリングされています。
曲名の由来として考えられるのは、ドレイクが俳優として出演していた(2001年~2009年)、カナダのティーン向けテレビドラマシリーズ『Degrassi: The Next Generation』の役名Jimmy Brooks
米アトランタ出身のラッパー、リル・キードLil Keed、1998年5月16日~2022年5月13日、死因:肝不全、腎不全)、米ニューヨーク出身のドラマ・キング(The Drama King)ことDJケイ・スレイDJ Kay Slay、1966年8月14日~2022年4月17日、死因:新型コロナ)に追悼の意が表されています。

おわりに


14曲目でようやく「サグいビートにラップ」という現行のヒップホップらしい組み合わせになりましたが、俳優活動まで振り返ったと捉えると、「役柄に応じて演じ分けるように、音楽のジャンルやスタイルも状況次第で料理する」という話なのかもしれません。
つまり「ヴァージル・アブローに捧げる追悼アルバム」としてアフロハウスを全体のテーマに掲げつつ、リル・キードとドラマ・キングを追悼する曲に関しては従来のヒップホップスタイルがふさわしいということ。
また、アルバムタイトルで本音を言い淀んでいるとおり、リアルな心情吐露を様式美とするラップより、ラブソングになぞらえた間接表現が可能なR&B(歌もの)のほうが今回は適していると判断したのではないでしょうか。
あるいは音楽家の嗅覚が働き、トレンドのハウスを取り入れたのかもしれません。
いずれにしても「音楽、祭り、踊りの原点は祈り」と感じさせてくれる、ヒップホップ側からのアプローチとして歴史を刻んだ名盤といえるでしょう。
ヒップホップラバーもそのうち腑に落ちるはず!

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渡辺和歌
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