音楽

宇多田ヒカル「Gold ~また逢う日まで~」歌詞の意味&サウンドを考察!映画『キングダム 運命の炎』主題歌

宇多田ヒカルさんの「Gold ~また逢う日まで~」(2023年7月28日、Epic Records Japan・Sony Music Labels)は、映画『キングダム 運命の炎』(2023年7月28日、東宝 / Sony Pictures Entertainment)の主題歌。
ハイパーポップの始祖A・G・クック(A.G. Cook)が共同プロデューサーを務めた、デジタルシングル「Gold ~また逢う日まで~」の歌詞の意味とサウンドについて考察します。

【前半:1番Aメロ】バラードとアップテンポもどきの二部形式

追いかけても追いつけぬ
幸せは側で待ってるだけ

Gold ~また逢う日まで~/作詞:Hikaru Utada 作曲:Hikaru Utada

曲調がころころ変わる、複雑な楽曲のように感じられる「Gold ~また逢う日まで~」。
ところが実際はテンポ(BPM)も変わらず、転調もしていないそうです。
具体的には「バラード調の前半+早口(倍速:倍テン、倍テンポ、ダブルタイム)になる後半」という「1曲のなかに2曲あるような構成」になっているとのこと。
さらに「前半(1番+2番)+後半」の二部形式にきっちり分かれているわけではなく、「前半(2番)のサビ前」に「後半のサビ」が挟まっています。

  • 前半(1番):Aメロ~Bメロ~前半サビ
  • 前半(2番):Aメロ~Bメロ~後半サビ~前半サビ
  • 後半:Aメロ~Bメロ~後半サビ

この構成を理解すると、バラードとアップテンポもどき(実際は早口&倍速)の揺らぎを楽しめるおもしろい楽曲になるでしょう。
R&Bらしいフェイク交じりのピアノのイントロに続く、バラード調の「前半:1番Aメロ」では、ブレス始まりの歌い出し、「幸せは側(そば)で~待、ってるだけ~」という小節をまたいだ譜割り、「で~、け~」などの音程の揺らぎ、「幸せ」の語尾「せ」に端を発すると思われる母音「え段」の韻踏みが秀逸。
本当は身近にあるはずなのに、なかなか気づけず、追い求めてしまう「幸せ」が表現されています。

【前半:1番Bメロ】嫌なこともいつか花になる

楽しいことばかりじゃないけど
嫌なことなんて
いつかまた思い出話する日の
花になる迄

Gold ~また逢う日まで~/作詞:Hikaru Utada 作曲:Hikaru Utada

「嫌(や)なことなんて」と「花になる迄(まで)」、「ばかり」と「話(ばなし)」など、さりげなく韻を踏むところが耳心地いい「前半:1番Bメロ」。
紀元前、中国の春秋戦国時代を舞台とした映画『キングダム 運命の炎』の主題歌なので、後に秦の始皇帝となるキャラクターのエピソードが連想されます。
「花束を君に」を思い浮かべる人もいるでしょうか。
ただ、宇多田ヒカルさんはタイアップのある書き下ろし楽曲でも、そのタイアップ先のために書くことはなく、自身の音楽性や考え、感情とリンクする共通点を見出し、制作するタイプ。
今回は「別れを余儀なくされた恩人をたたえる物語」という点に共鳴したそうです。

【前半:1番サビ】Goldは飾りにならない、あなたの輝き

No, no, 知らないよ
あなたのように輝けるもの
No, no, 飾りにも
誰のものにもならない Gold

Gold ~また逢う日まで~/作詞:Hikaru Utada 作曲:Hikaru Utada

「前半:1番サビ」では、曲名「Gold=ゴー(ルド)」に端を発し、「知らない」や「ならない」の否定形で「No=ノー(ウオウオ)」を引き出し、語尾を母音の「お段」で重ねています。
ヒップホップのように韻を踏むR&Bのバラードといったところですが、ラッパーが自慢(フレックス)しがちな金のアクセサリー(飾り)ではなく、「あなたの輝き」をたたえています。
その「あなた」は既に「思い出」になっているので、「誰のものにもならない=手に入らない、会えない」という話でしょうか。
宇多田ヒカルさんにとってはお母さんの藤圭子さん、それとも息子さん、あるいは「暗闇から明るいところへ導いてくれた誰か」が「Gold」なのかもしれません。

【前半:2番Aメロ】BGMは後半の伏線?

何処かで流れる BGM
あれ以来聴いてなかった曲

Gold ~また逢う日まで~/作詞:Hikaru Utada 作曲:Hikaru Utada

「聴いて~な~か~った曲」の音程とリズムの崩しがフリージャズ的でおもしろい「前半:2番Aメロ」。
もともと宇多田ヒカルさんが作りたいように作っていたのは後半の早口&倍速パートでしたが、映画のエンディング用にバラードを依頼されていたので二部形式になったそうです。
この「Gold ~また逢う日まで~」そのものが「何処か(映画館)で流れる BGM」でもありますが、「あれ以来~」となると時系列的に合致しません。
また、1番では映画の物語を連想することもできましたが、2番に入ると中国の時代劇から離れて現代の話になった印象を受けます。
宇多田ヒカルさん自身がたまたま街で流れる「BGM」として耳にしたようなこの曲については、後半で考察しましょう。

【前半:2番Bメロ】また逢う日までの意味

遠ざかっていく景色から
目を離せない
別れの言葉じゃなく、独り言
また逢う日まで
また逢う日まで
また逢う日まで

Gold ~また逢う日まで~/作詞:Hikaru Utada 作曲:Hikaru Utada

「映画の物語から遠ざかったけれども、映画の壮大な景色から目を離せないので、完全に離れたわけではなく、また戻る」といったメタ的なニュアンスでしょうか。
サブタイトルの「また逢う日まで」は「独り言」とのことなので、作中で作者が顔を覗かせる、宇多田ヒカルさん自身の語りなのかもしれません。
実際、映画の登場人物が経験したかもしれない「別れ」が描かれているようでもあり、宇多田ヒカルさんやリスナーそれぞれの人生を重ねることもできそうです。
ネタばらしはできないという理由のほか、タイアップ先の物語をストレートに描くことはしないという宇多田ヒカルさんの音楽性や人生観も反映されているような気がします。
本当の別れだからこそ、二度と会えない場合にも使われる「さようなら=Goodbye」ではなく、あえて「また逢う日まで=See you」と言いたい切なさが表現されているのかもしれません。
「独り言なのは相手が話せない状態だから」、あるいは「別れてから時間が経っても忘れられず、また会うときまで離れているだけと自分に言い聞かせることで楽になる」といった可能性もあるでしょう。

【後半:サビ】楽しい予定がいっぱい入っている

いつか起きるかもしれない悲劇を
捕まえて言う「おととい来やがれ」
楽しい予定をいっぱい入れるの
涙はお預け また逢う日まで

Gold ~また逢う日まで~/作詞:Hikaru Utada 作曲:Hikaru Utada

この楽曲中、最初に作られたという早口&倍速の「後半:サビ」パート。
映画の主題歌らしく悲劇に寄り添った「R&Bのピアノバラード」の前半に突如挟まるというか、「前半:2番Bメロ」の「また逢う日まで」の繰り返し部分でシンセの電子音が響きはじめ、このパートでバキバキ4つ打ちビートのクラブミュージック調になるジェットコースター的展開です。
「いつか起きるか~も、しれない悲劇~を、捕まえて言うお、ととい来やが~れ、楽しい予定~を、いっぱい入れる~の、涙はお預け~ま」と語尾の音程が下がる歌い方はK-POP風。
というより、Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」でもフィーチャーされた、5つ打ちのジャージークラブ「ドンッドンッ、ドンドッドッ」の2拍3連の後半部分「ドンドッドッ」を「か~も、き~を、言うお」などと伸ばしたパターンでしょう。
この5つ打ちのボーカルと4つ打ちビートの組み合わせのほか、小節をまたいだ譜割り、「涙」の「み」と「お預け」の「お」にアクセントが置かれた裏打ちリズムも秀逸。
「おととい来やがれ」の激しい口調に注目が集まりがちかもしれませんが、映画の物語として「起きるかもしれない悲劇」を脇に置き、「楽しい予定=音楽的なおもしろさ」を「いっぱい入れる」宇多田ヒカルさんの企みが炸裂しています。
もちろん「未来の悲劇」に対して「過去に来い」と時間の歪んだ啖呵を切る痛快さもありつつ、もしかしたら「また逢う日まで」は「さようなら」の代わりではなく、「おととい来やがれ」という宇多田ヒカルさんの「独り言」なのかもしれないと深読みするのも一興。
名盤『BADモード』の「Face My Fears」や「Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー」、ベストアルバム『SCIENCE FICTION』の「Electricity」など、昨今の宇多田ヒカルさんはヒップホップ由来のビートミュージックやクラブミュージック全般に尽力していると思われます。
わかりやすくいうと、「First Love」より「Automatic」。
そのタイミングでのバラード(の発注)は「気分じゃないの」状態だったのではないでしょうか。
実際、バラード部分の制作には時間がかかったようですが、主題歌のオファー以前に、歴史が好きで読書家でもあるお父さんの宇多田照實さんにすすめられて原作漫画を読んでいたエピソードも踏まえると、「漫画、映画、宇多田ヒカルさん自身の音楽活動、バラード、クラブミュージック」のおもしろさが詰まりまくっているといえるでしょう。

【前半:2番サビ】Goldはあなたの隣で見つけた幸せ

No, no, 消えないよ
あなたの隣で見つけたもの
No, no, 飾りにも
誰のものにもならない Gold

Gold ~また逢う日まで~/作詞:Hikaru Utada 作曲:Hikaru Utada

「後半:サビ」が挟まったことにより、「前半:1番サビ」のようなR&Bバラードではなく、クラブミュージックのサウンドが続く「前半:2番サビ」。
宇多田ヒカルさんが共鳴した映画の「別れを余儀なくされた恩人をたたえる物語」の「恩人」は、「暗闇から明るいところへ導いてくれた存在」です。
つまり「あなた=恩人、Gold=明るいところ(希望、光)」と解釈できますが、これまでの文脈から「Gold=輝き=幸せ=あなた」とつながる気配もあり、さらに「愛、慈悲」などの抽象的な概念に昇華される雰囲気も漂います。

【後半:Aメロ】BGMは「君に夢中」だった?

プラチナもダイヤモンドも
アンドロメダも勝負にならぬ
外野はうるさい
ちょっと黙っててください
一番いいとこが始まる
“Tout le monde est fous de toi”
「世界中が君に夢中」
たしかそんな意味だったはず

Gold ~また逢う日まで~/作詞:Hikaru Utada 作曲:Hikaru Utada

「一番いいとこが始まる」ということで、まるで2曲目のような後半が本格的に始まりました。
「前半:2番Aメロ」で流れていた「BGM」の伏線を回収するかのごとく、出てきたのがフランス語「トゥー・ル・モンド エ フー・ドゥ・トワ」の言葉の響きも美しい「君に夢中」。
「One Last Kiss」「君に夢中」に続く3回目のコラボとなった、UKロンドンのプロデューサー&SSW、A・G・クックのサウンドをフィーチャーするので、「外野は黙っててください」と断りを入れたのでしょう。
「Gold=宝石や銀河にも勝る輝き=極上のサウンド」と解釈できそうです。
A・G・クックが映画の登場人物の衣装に触発されて金属音を入れたいと言い出した際、曲名や歌詞に「Gold」と入ることは知らず、偶然のシンクロだったというエピソードも輝いています。
また、A・G・クックの両親が2人とも建築家という点も、宇多田ヒカルさんのお気に入りポイント。
どちらも「無を構築する、立体的な空間作り」なので「音楽と建築は似ている」という宇多田ヒカルさんの考え方は、H.Takahashiさんをはじめとした2020年代アンビエントシーンとも偶然シンクロするようです。

【後半:Bメロ】あなた自身がGold

たしかそんなはず
たしかそんな、そんなはず

You are, you are, you are, you are
You are, you are, you are, you are gold

Gold ~また逢う日まで~/作詞:Hikaru Utada 作曲:Hikaru Utada

ダンスミュージックのビルドアップ(Bメロ)のように、じわじわ盛り上がる「後半:Bメロ」。
「前半:2番サビ」あたりでもうっすら予想できたとおり、「あなた=Gold」と存在そのものをたたえる結末になりました。
最終的にダンスミュージックのドロップ(サビ)に相当する「後半:サビ」が繰り返され、幕を閉じます。

映画の物語に着想を得て、宇多田ヒカルさんの音楽活動や人生観などが反映された歌詞になっていましたが、リスナー自身が「あなたはGold」とたたえられる人間賛歌、人生賛歌と受け取ることもできたのではないでしょうか。

おわりに


基本に立ち返って、アレンジよりメロディーとコード感を大切にしたという前半の完成度の高さを踏まえると、「Automatic」より「First Love」路線の王道バラードのほうが人気なのも自明の理といえるかもしれません。
ただし、m-floの☆Taku Takahashiさんによるリミックス「Gold ~また逢う日まで~(Taku’s Twice Upon a Time Remix)」(2023年8月25日、エピックレコードジャパン)では、がっつりジャージークラブの5つ打ちビートが刻まれています。
宇多田ヒカルさん自身は音楽的なおもしろさを追求し続けているアーティストなので、今後もさらなる挑戦により、リスナーを驚かせてくれるのではないでしょうか。

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渡辺和歌
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