音楽

aus『Everis』レーベルFLAUを主宰する電子音楽家による、15年ぶりの総決算的アルバム

どれほど大変なことが起きても、淡々と過ぎゆく日々。
その虚しさが、光渦巻く音楽へと昇華されたような作品です。

はじめに


1983年、東京生まれ、早稲田大学(心理学専攻)卒業の電子音楽家(作曲家&プロデューサー)&レーベルFLAU主宰者(2006年~)Yasuhiko Fukuzono(フクゾノ ヤスヒコ)さんによるソロプロジェクトaus(アウス)。

マレーネ・ディートリヒ「Das Lied Ist Aus」


ausというアーティスト名は、女優&歌手マレーネ・ディートリヒMarlene Dietrich)のライブアルバムLive at the Café de Paris』(1954年6月21日、Columbia Records)収録曲「Das Lied Ist Aus」(読み:ダス・リート・イスト・アウス、意味:歌は終わった)に由来するそうです。

Everis


約15年ぶりのソロオリジナルアルバム『Everis』(エヴリイズ、2023年4月26日、Lo Recordings / FLAU)は、先行シングル3曲を含む、全10曲・39分あまり。
2017年の二度に及ぶ事務所兼住宅の空き巣被害を乗り越えて制作されました。
エレクトロニクス、フィールドレコーディング、生楽器からなる、クラシック、ジャズ、フォーク、現代音楽、前衛音楽、実験音楽、アンビエント、ミニマルミュージック、エレクトロニカなどの要素が散りばめられた、アトモスフェリックな(幻想的な雰囲気のある、アートコアジャズステップトリップホップサウンドスケープ(音風景)を堪能できます。
アルバム名『Everis』は「ever+is」の造語で、「過去・現在・未来のいずれも、どこかで存在している」といったニュアンスが表現されているそうです。
こうしたアルバムコンセプトの参照元のひとつは、高野文子さんの漫画作品集『棒がいっぽん』(1995年、マガジンハウス)に収録されている短編漫画「奥村さんのお茄子」。
その作中では絵描き歌「かわいいコックさん」が背景として用いられています。
いずれもマルセル・プルーストの長編小説『失われた時を求めて』のような円環的時間やつながりがテーマとなっているようです。
今回のアルバム制作にあたり影響を受けた作品として、クリス・マルケルChris Marker)監督のドキュメンタリー&エッセイ映画『サン・ソレイユ』(1983年、Argos Films)、横光利一さんの短編小説『機械』(1931年、白水社)、黒澤明監督の映画『』(1990年、ワーナー・ブラザース)、テレンス・マリックTerrence Malick)監督の映画『ソング・トゥ・ソング』(2017年、ブロード・グリーン・ピクチャーズ)なども挙げられています。

クレジット

【1】Halsar Weiter

  • aus:シンセ、ピアノ、フィールドレコーディング、エレクトロニクス
  • ダニー・ノーバリー:チェロ
  • パトリック・ファーマー:ドラム
  • 福岡功訓:ピアノ&チェロ・レコーディング@富士見丘教会

オープニングを飾る「Halsar Weiter」では、独ミュンヘンの映像作家カリン・ツヴァックKarin Zwack)とのオーディオ&ビデオ・インスタレーション「Halsar」(2015年、2021年~:Polyphonic Museum)の素材が使われています。
窃盗事件により機材やデータをすべて失っても、コラボ相手に預けた素材があることに気づき、送り返してもらったそうです。
盗まれずに残ったのは、頭の中にあるメロディー、手元の携帯電話に保存していた日常的な映像や音。
こうした記憶の断片をつなげ、過去の関係者と再びやりとりすることによって、前向きな音楽へと昇華されていきます。

【2】Landia

  • aus:シンセ、サンプル、フィールドレコーディング、エレクトロニクス
  • 横手ありさ:コーラス

第2弾シングル「Landia」(2023年3月8日)は、ブルガリア国立放送合唱団Le Mystere Des Voix BulgaresBulgarian State Television Female Vocal Choir)のアルバム『Ritual』(1994年、Elektra Nonesuch)にも収録されているブルガリアン・ヴォイス(ブルガリアの民族音楽、女声合唱)「Tebe Peem-za Ovchariya(羊飼いの歌)」をベースにしたオリジナルメロディーが印象的。
海外旅行先の歌声、東京・目黒のお祭りの太鼓、岡山のヴィンテージオルゴールなど、さまざまなフィールドレコーディングや横手ありささんのコーラスが重ねられています。

ブルガリア国立放送合唱団「Tebe Peem-za Ovchariya」

【3】Past From

  • aus:シンセ、ピアノ、サンプル、フィールドレコーディング、エレクトロニクス
  • 高原久実:バイオリン、チェロ
  • Noah:ボイス

「Past From」では、スティーヴ・ライヒSteve Reich)『Music for 18 Musicians18人の音楽家のための音楽)』(1978年、ECM)のようなミニマルミュージックの周期性が、不協和音のピアノ、レコードのノイズ、さまざまなパーカッションサウンドにより、フリージャズ的なカオスと化しています。
さらに高原久実さんのストリングス、Noahさんのボイスが加わる構成はポップミュージック的。
アルバム『Everis』に先立ってリリースされたシングル「Until Then」と同じ素材も使われています。

Until Then

Until Then (Seb Wildblood Remix)

コリン・カリー・グループ『Steve Reich: Music for 18 Musicians』

【4】Step (feat. Gutevolk)

  • aus:シンセ、ピアノ、フィールドレコーディング、エレクトロニクス
  • Gutevolk:ボーカル

竹村延和さん主宰のレーベルChildisc(1999年~)や細野晴臣さん主宰のdaisyworld discs(2002年~)などで活動するSSW&プロデューサーGutevolk(グーテフォルク)こと西山豊乃(にしやまひろの)さんのボーカルがフィーチャーされた「Step」。
ピアノのほか、チェンバロ、チター、ストリングスなど、さまざまな楽器を彷彿とさせるサウンドが多層的、立体的に重なり、浮遊感あふれる展開からアンビエントドローンで締めくくられる流れが圧巻です。

【5】Make Me Me (feat. Grand Salvo)

  • aus:シンセ、ピアノ、フィールドレコーディング、エレクトロニクス
  • グランド・サルヴォ:ボーカル
  • 高原久実:バイオリン

第3弾シングル「Make Me Me」(2023年4月5日)。
オーストラリアのSSWグランド・サルヴォのボーカルがエモーショナルに響きます。

【6】Flo

  • aus:シンセ、ピアノ、フィールドレコーディング、エレクトロニクス
  • ヘニング・シュミート:ピアノ
  • 横手ありさ:コーラス
  • グリム:共同プロデュース

ドイツ・ベルリンを拠点とするピアニスト&作曲家ヘニング・シュミートのほか、オーストリア・ウィーンの音響作家グリムが共同プロデューサーとして参加した「Flo」。
横手ありささんのコーラスは、自然な声と機械の声が混在する「不気味の谷」を掘り下げたそうです。

【7】Swim

  • aus:シンセ、ピアノ、フィールドレコーディング、エレクトロニクス
  • ヘニング・シュミート:ピアノ
  • 横手ありさ:コーラス
  • グリム:シンセ
  • 高原久実:バイオリン

第1弾シングル「Swim」(2023年2月22日)。
アルバム『Everis』のアナログ盤は「A面:4曲+B面:6曲」の構成で、A面は1曲目「Halsar Weiter」から3曲目「Past From」までの3曲、B面は7曲目「Swim」から9曲目「Further」までの3曲がシームレスにつながっています。
とくにカットアップ(記憶、断片)とドローン(人生、つながり)がせめぎ合う実験的なアンビエントジャズ「Swim」は、ピアノ、キック、ノイズ、コーラス、バイオリンなどで表現される「記憶の断片」が散りばめられた「人生の激流」を、息継ぎしながら泳ぐようなイメージでしょうか。

【8】Memories

  • aus:シンセ、ピアノ、フィールドレコーディング、エレクトロニクス
  • ヘニング・シュミート:ピアノ
  • 横手ありさ:コーラス
  • エマ・ガトリル:クラリネット
  • パトリック・ファーマー:ハーモニウム
  • グリム:シンセ
  • 高原久実:バイオリン
  • Rachel Graves:フルート

「Memories」ではクラリネット、ハーモニウム、フルートも加わり、さまざまな記憶の断片が有機的につながるような希望が感じられます。

【9】Further

  • aus:シンセ、エレクトロニクス
  • ヘニング・シュミート:ピアノ
  • 高原久実:バイオリン、チェロ
  • エマ・ガトリル:クラリネット

『Everis』の全10曲中、もっとも室内楽的な「Further」。
新ロマン主義の作曲家&指揮者グスタフ・マーラー(Gustav Mahler)、印象主義の作曲家モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel)、ポストクラシカルのピアニスト&作曲家レイチェル・グライムスRachel Grimes)、ポストクラシカルのマルチ奏者&作曲家&プロデューサー、オーラヴル・アルナルズÓlafur Arnalds)などからインスピレーションを得たそうです。

【10】Neanic (feat. Benedicte Maurseth)

  • aus:シンセ、ピアノ、サンプル、フィールドレコーディング、エレクトロニクス、コーラス
  • ベネディクト・モーセス:ハルダンゲル・フィドル

ラストの「Neanic」でフィーチャーされているのは、ノルウェーのフォークSSW&ハルダンゲル・フィドル奏者ベネディクト・モーセス。
過去の関係者とのやりとりが重視された『Everis』で、唯一新たなコラボ相手となったきっかけは、ausさんがベネディクト・モーセス&アスネ・ヴァランド・ノルディ(Åsne Valland Nordli)のアルバム『Over Tones』(2014年3月28日ECM)を聴いて衝撃を受けたからだそうです。
過去を振り返りつつ、現在、未来へとつながる光が感じられるような終わり方になっているのではないでしょうか。

ベネディクト・モーセス&アスネ・ヴァランド・ノルディ『Over Tones』

おわりに

アルバム制作の詳細については数々のインタビューで語られているので、テキスト中のSNSなどのリンク先をご覧ください。
背景を知ったうえで聴くと、なおさら音楽そのものに対する没入感と解放感のすばらしさが際立つでしょう。
ちなみに、2023年5月7日(日本時間:5月8日)、米シアトルのラジオ局KEXPのDJ Mixプログラム「Midnight in a Perfect World」でausさんが披露したミックスは、『Everis』のコンセプトとインスピレーションがまとめられたものとのこと。
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渡辺和歌
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